会期|2016年9月27日(火)– 10月11日(火)
時間|10:30 – 20:00
ライトアップ|17:00 – 6:00
会場|伊勢丹新宿店
住所|〒160-0022 東京都新宿区新宿3-14-1
URL|https://www.diesel.co.jp/news/diesel/campaign/isetanpopupstore-20160921

9月27日(火)から10月4日(火)まで伊勢丹新宿店本館にて「ITS FOR ISETAN SUPPORTED BY DIESEL」と題し、ウインドウ12面をデイジーバルーンが担当いたしました。
DIESELが長年支援しているコンテスト「OTB Award」を受賞した小池優子氏をフィーチャーしたアイテムが並び、洋服の絵柄に合わせ、巨大なバルーンフラワーや、バルーンベアーだけで構成された絵柄など、視覚的な連動性とマテリアルの共鳴を意図としたウインドウ展開となっています。

©DAISY BALLOON

会期|2014年10月20日(月)– 11月20日(木)
会場|アニヴェルセル 表参道
住所|〒107-0061 東京都港区北青山3-5-30
URL|http://omotesando.anniversaire.co.jp/

作品名「カラフルな群」と題し、個と社会との繋がりをテーマに、アニヴェルセル表参道のウインドウディスプレイを担当いたしました。
「カラフルな群」|私たちの生活に、一羽の鳥が仲間入りしました。本来ならば、自然界の中で群れを成して羽ばたいているはずでしたが、人間社会の中で生まれて、個として私たちと向き合っています。彼女(彼)に愛情を注ぐ間に、動物生態である群れについて私たちは大変興味深く思うようになりました。よく考えてみれば私たち人間も、もともとさまざまな色彩をもち群を成していましたが、現代社会では、個としても生きていけるようになってきました。それにより、繋がりも弱くなってきています。私たちの体で考えると、数多くの細胞で私たちを構成されていますが、それは、細胞一つでは成り立たないということの証明ではないのでしょうか。

©DAISY BALLOON

会期|2013年11月26日(火)– 12月25日(水)
会場|京都タカシマヤ
住所|〒600-8520 京都府京都市下京区 四条通河原町西入真町52番地
URL|https://www.takashimaya.co.jp/

デイジーバルーン写真集 vol.2|存在
制作日|2013年11月
頁|71-77
撮影|東京、日本
オーダーフォーム|https://daisyballoon.stores.jp/items/52fec0b18a56100f76000224

バルーン|デイジーバルーン
キュレーター|長森大介、コピーライター|前出明弘、プロデューサー|宮城直士
フォトグラファー|Yasushi Kurihara

存在|デジタルは、「存在すること」という概念を大きく揺さぶるようになった。 人類は、写真や映像、そして位置情報といった、点の集まり、光の波長などの二次元の存在から、位相といった三次元像の存在へと進化を遂げた。 そして、我々は四つ目の次元を取り込み、新たに存在を浮かび上がらせようとしている。それは歴史、ひいては長い文脈の中での社会的シンボルとして浮かび上がらせる" 時間" である。 我々は二次元と三次元を行き来をしながら、時間の篩いにも曝されることを望む。 「存在すること」は時間という次元に於いて、記憶と極めて恒久的な蜜月の意味を成す。

©DAISY BALLOON

大阪タカシマヤ:
会期|2012年3月28日(水)– 4月17日(火)
時間|10:00-20:00
会場|大阪タカシマヤ
住所|〒542-8510 大阪市中央区難波5丁目1番5号

デイジーバルーン写真集 vol.2|輪転:
制作日|2012年4月
頁|31-36
撮影|東京、日本
オーダーフォーム|https://daisyballoon.stores.jp/items/52fec0b18a56100f76000224

バルーン|デイジーバルーン
キュレーター|長森大介、コピーライター|前出明弘、プロデューサー|宮城直士
フォトグラファー|間仲宇、フォトレタッチ|櫻井喜明、ヘア|Koji Ichikawa、メイク|Ken Nakano、スタイリスト|小山田孝司
映像|大内裕史、音楽|佐藤礼央

輪転|人間主体となった世界と神や自然といったカテゴリーを一時的に和解させるものは 美しい。崇高なるとも言える神や自然の美しさは、暫定的な遭遇として私たちの眼前に表れる。自然は時として厳格であり、 時として寛容であり、私たちに畏怖と抱 擁、 そして、生と死を意識させるものだ。現代社会は、 生々しい生や死を隠蔽する巨大な装置が設けられ、 何処か悠遠なるものとなってしまった。しかし、 自然の摂理が物語るように、 死は生の始まりであり、 生は死の始まりに過ぎず、絶えず輪転し私たちの傍らに存在し続ける。 生死は表裏一体であり、また、生死自体に善悪はないのである。 只、私たちが、生を全うする時、死が新たな光を携えて表出されるのだ。

©DAISY BALLOON
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